イタリアンスパゲティを徹底解剖!

イタスパ発祥の店「喫茶ユキ」

イタスパは名古屋人のソウル(魂)フード?

イタスパ「名古屋メシには本当に驚かされるよ」転勤で名古屋に暮らし始めた人と話すと、大概の人はそんなことを言う。
筆頭は、なんといっても「あんかけスパ」だが、味噌カツもかなりの上位に入る。 そして、今回取材の「イタリアンスパ」、通称「イタスパ」も外から来た人にとっては、かなり不思議なものらしい。 とは言え、元々の名古屋人にしてみれば、幼少のみぎりより食べ続けてきた味だから、不思議だとか言われても困るわけだ。 同じ名古屋人でも、「あんかけスパ」は好かないという人がいるけれど、こと「イタリアンスパゲティ」に関しては、嫌いという人にあまりお目にかからない。 それは、ラーメンとカレーライス(又はライスカレー)が日本人の国民食であるのと同様に、名古屋人にとってイタスパは魂(ソウル)フードとして定着しているということなのではないか、と勝手に思っている。(単に子供から大人まで食べやすい料理だというだけかも)

そもそもイタスパとは何か?

喫茶「ユキ」 名古屋以外の場所で同じようなものを注文することはできる。 イタスパから、玉子と鉄板を引けば、それは「ナポリタン」という名で日本全国津々浦々まで通用する料理となるのだから。 つまり、簡単に言えば、ナポリタンを鉄板に乗った玉子の上に投下すれば「イタスパ」が完成するというわけなのだ。 それでは、どうして「イタスパ」などというものができあがったのか? 発祥の地(店)だけはハッキリしているようだ。 東区にある『喫茶ユキ』。 もちろん、いまも現役バリバリで営業している。

イタスパ誕生の裏側

イタスパそれでは、どのような事情でこの名古屋にしかない鉄板焼スパができあがったのか。 それは、温かいままで食べられるようステーキやハンバーグをのせる鉄板にナポリタンをのせてみたらどうだろう? という、アツアツ至上主義の店主の天啓によって編み出された手法だったらしい。 しかし、どうしてできたてでアツアツのパスタが、名古屋の店では冷めてしまうというのか? それは名古屋独自の「喫茶店文化」が大きく影響している。 名古屋人は喫茶店を中心に交流している。 朝はモーニング(昼になってもまだモーニングはOK)で顔見知りと会って世間話(大体は前日の中日ドラゴンズの戦い方について)をする。 昼は、名古屋以外の街なら、食堂やレストランに入って済ますところだが、名古屋人はランチも喫茶店派が多い。 なにしろ、フードメニューが充実しているので、喫茶店とレストランの境界線を引くのが結構難しい。 ここでも名古屋人は、ゆっくりと新聞や雑誌、テレビ(いいともなど)を見ては、とにかくのんびりとランチタイムを過ごす。 そして、もちろん、顔見知りの客同士、店員と客とがとにかくよく喋る喋る。 お喋りがしたくて喫茶店に来ているのだから、頼んだ料理は冷めていくばかり。 誘われてヨーロッパ旅行に行った喫茶ユキの店主が目にしたのはジュージューと湯気を立てて供される、鉄板に乗ったステーキ。 「これだ!」と閃いたのだそう。 それから、試行錯誤を繰り返し、完成したのが現在の姿というわけだ。

ネーミングのなぞ

それでは、どうして「イタリアンスパ」などという名前になったのだろうか? 二つの説があるようで、ひとつは、熱した鉄製のステーキ皿に乗せることから『板スパ』が転じてイタリアンスパゲッティとなったという説。 “ナポリタン”を乗せることからイタリアンスパとなったという説。 どちらにしてもこんな形式の料理はイタリアには存在しないのだが。 今では、名古屋を中心とした尾張・三河地方の殆どの喫茶店やレストランで食べることができるほど普及している。 ちなみに、「イタリアン」と言ったら、それは新潟県民のソウルフード。 名前とかけ離れたその実態は、ひと言で言えば「洋風ソースかけ焼きそば」である。 材料は、焼きそばにも使われる蒸し中華麺。 主に太めの中華麺とキャベツ、それにもやしなどを油で炒め、ソースなどで味付けした後、さらにいろいろな具材の入ったトマトソースをかければできあがり。 これが「イタリアン」なのだが、どこがイタリアンなのか不明だが、新潟に行けばどこでもお目にかかれる代物で、新潟県民のソウルフードだ。

突撃!元祖イタスパ「喫茶ユキ」へ 

店内さあ、いよいよ待望の喫茶ユキへと向かう。 ちょうど昼どきではあったが、近所の人と思われる人たちが数人ランチを食べているところで、席は空いている。 壁にはいろいろな定食や料理のメニューが貼られている。 メニューにもいろいろなものが書かれている。 決して「イタスパ専門店」ではなく、あくまでも喫茶店のメニューのひとつにイタスパがあるという自然体の構えなのである。 早速イタスパを頼むと、少々時間はかかったが、おなじみのイタスパが出てきた。

イタスパ …ん?こ、これは?? 発見したのは「豚肉」だった。 一般にはイタスパに入るのは赤ウインナーなどのソーセージ類と相場がきまっているのだが、ここでは豚肉がメインで、添え物として薄く切ったウインナーが入っているのだった。 うまいかと言われれば、うまいけれど、たぶん、今ならもっとおいしい店はいくらでもあるだろう。 ユきが貴重なのは、今でも当時の店主の奥様(大正生まれだと!)が当時のままの作り方で出してくれるということなのだ。 作るのは、今でも奥さん(と言っても、おばあちゃんだけど)だけ。 娘さんは接客のみ。 おばあちゃんが引退したら、この店はどうなるのかな? そんな先のことまで考えてしまうのは、こうした伝統を今に残す店、昭和の香りがする店がどんどんなくなっていくのもあるが、何といっても名古屋メシのルーツと言える店だから、残っていってほしいという願いもある。

■生活の中心には必ず喫茶店がある名古屋人

余談だが、この日の夜、また車道に舞い戻り、オーセンティックなバーに入って、友人と話をした。 カウンターに座ったので、自然とマスターとも話したのだが、「子どもの頃は、親父と日曜日のモーニングかランチを食べにユキにも行ったが、今はいかないですね」と言っていた。 さらに、「親父にはよくしかられたけど、喫茶店でふたりで食べているときには優しかったな」とも。 家族との思い出にも喫茶店が絡む。 今は別の喫茶店で自分の関係するひとたちとの交流があるのだそうで、大人になっても生活の中心には必ず喫茶店がある。 それが名古屋人だとも言っていたのが印象的だった。